みたらし団子

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サンディ・リー(ウェスリアン大学、アメリカ)

サンディ・リー

私が京都に来たばかりの時に食べた最初のお菓子のひとつは、「みたらし団子」でした。ほとんど全部のコンビニでプラスチック・パッケージで売られ、安く、求めやすいので、「みたらし団子」に、もっと伝統的な意義があるとは思いませんでした。同志社大学にあるコンビニで周りを見ていると、たった105円で団子を12個も買えることに気がつきました。「105円で他の食べ物よりお腹いっぱいになるお買い得なお菓子だなあ」と思いました。

「みたらし団子」はちょっと焼かれていて噛みごたえがあります。団子が茶色のベタベタした甘いシロップで和えられ、外国人にとって、最初はたぶん変に思えるかも知れません。最初、私にはこのシロップが甘すぎると思いましたが、今はだんだんそのシロップが好きになってきて、「みたらし団子」には、とても必要な部分なのだと思えてきました。

Mitarashi Dango
Mitarashi Dango

コンビニ以外では、地元の和菓子屋さんでも焼いたばかりの「みたらし団子」を買えます。もちろんそこで売られている団子の値段は105円より高いでしょう。コンビニで売られている「みたらし団子」の値段は比較的安く、食べると、すぐにお腹いっぱいになるので、学生である私にとって、「みたらし団子」は、一番買いたいお菓子になりました。コンビニの「みたらし団子」は、1袋3本で売られているので、3本を食べきれなかったら、残りを友達にあげやすいです。当たり前のように団子を手にしながら、岐阜県にあるお土産屋さんで、京都ゆかりの「みたらし団子」のキーホルダーを見つけるまで、私は「みたらし団子」が京都独特のものだとは思っていませんでした。京都の思い出のお土産として、それを買うことにしたのですが、ただ京都の外で、京都土産を買ったのは面白いなあと思いました。

みたらし団子の歴史をちょっと調べてみると、実は、「みたらし団子」は有名な下鴨神社で毎年行われる「みたらし祭」の時に食べられたので、「みたらし」という名前になったことが判りました。「みたらし団子」は、賀茂川のそばにある京阪出町柳駅に近い、下鴨神社の近くにある専門店で売られています。人気がある「みたらし祭」では、お灯明料200円で、冷たい水に足をつけて小川を渡り、蝋燭を灯します。これらは「お浄め」を象徴しています。七夕、祇園祭、天神祭の他に、もうひとつ私が七月に参加できる面白い行事があるということが判りました。

「みたらし団子」を通じて、「みたらし祭」のことを知りました。私を「みたらし祭」に連れて行ってくれた、美味しくて、安いお菓子の「みたらし団子」に感謝するべきかも知れません。もうすぐ本国の大学に帰る私にとって、「みたらし団子」はきっと京都を懐かしく思い出させるものになることでしょう。もし他の外国人が、「みたらし団子」と京都の象徴的なつながりについて私と同じ意見を持っていても、それは驚くには当らないでしょう。


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日本で夢をつかむ
   プロ野球関西独立リーグの韓国人選手

皆さんはプロ野球の独立リーグというのをご存知ですか。日本でプロ野球といえば、阪神タイガースやオリックス・バファローズなどの名前を聞いたことがあるかもしれません。これらは、NPB(日本野球機構)という日本のトップリーグのチームです。独立リーグはNPBとは別のプロ野球リーグで、関西には関西独立リーグがあります。独立リーグは、NPBやアメリカのメジャーリーグなど、上のレベルのリーグを目指す選手が集まるリーグです。NPBと比べると、観客や選手の給料もわずかで、選手は厳しい環境で頑張っています。

洪成溶選手と全柱昱選手

全柱昱選手  洪成溶選手

ところで、独立リーグには外国人選手もいます。例えば、関西独立リーグのチーム、06ブルズ(ゼロロクブルズ)には2人の韓国人投手がいます。今回、その2人、洪成溶(ホン・ソンヨン)選手と全柱昱(ジョン・ジュウク)選手にお話をうかがいました。まず、2人とも上手な日本語で話していたので、どうやって習得したのか尋ねてみました。洪成溶選手は、来日5年目ですが、初めの年は同じ韓国出身の選手がいたので、頼ることができたそうです。しかし、2年目から1人になったことで、日本の選手と自らコミュニケーションをとるように努力し、3年目にしっかりと日本語が身についてきたように感じたとのことでした。また、全柱昱選手は、1年間日本の別のチームで活躍した後、3年間帰国し、現在、このチームで1年目ですが、日本語で問題無くコミュニケーションをとっています。

その他に、洪成溶選手は最初、日本の食べ物が甘くて合わなかったそうです。しかし、だんだん慣れてきて、今ではむしろおいしく感じるそうです。ちなみに、全柱昱選手はたこ焼きやお好み焼きが好きだそうです。最後に、自分のプレーに対しては「まだまだ勉強することが多いですが、課題をひとつひとつ克服して、上のリーグに入りたいです」とのことでした。また、野球をよく知らない皆さんには「実際に良いプレーを観れば野球の楽しさが分かる」と話していました。

お話をうかがって、「好きなことをやる力が第一で、言葉や文化はその次である」と感じました。様々な事を経験し、日韓の壁を越え、楽しんで好きな事に打ち込む姿は大変元気づけられます。ぜひとも、夢をつかんで欲しいですね。

06ブルズは東大阪市などで試合を行っています。ぜひ、試合を観に行って、野球の楽しさを味わってください。

06ブルズホームページ:http://www.06bulls.com/

鈴木 秀利(すずき ひでとし)、加来 奈々(かく なな)

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八千代旅館

八千代旅館の女将

八千代は老舗の旅館です。そもそもは、1580年代に京都市上京区に魚屋として始まり、富を築き、南禅寺隣に別荘を所有するようになりました。第二次大戦後に別荘を転用して、料理と宿泊を今日まで営むようになりました。場所は、京都駅から5kmで、静かな佇まいである東山の麓と絶好の位置で、平安神宮、哲学の道、四条河原町などのショッピング地域へも便利です。

写真の女将はさばけた方です。客の送り迎えとか調理を切盛りするお忙しい時間を割いていただき、館内と庭園を案内していただき、お話をうかがいました。

八千代旅館

料理旅館というだけに、料理と宿泊は一式でもウッドデッキのある庭園レストランなどで食事だけでも構いません。料理は、湯豆腐を始めとする京料理です。宗教上とかアレルギーとかにも、柔軟に対応しています。館の構造はしっかりとして暖かみのある木造で、調度品とか飾り物も趣のあるものでした。

庭は、明治時代の名庭師である小川治兵衛による作品で、東山を借景として琵琶湖疏水からの水を池に引き込んでいます。木々・草花・石灯篭・池を楽しめます。春のしだれ桜、夏の紫陽花と蓮、秋の萩ともみじは、苔、松、竹などの緑のモチーフとのコントラストを四季折々に提供してくれます。

八千代旅館

館内のすだれ、着物なども季節に応じて模様替えします。庭園を観ながら露天風呂に浸かれる部屋もあって、最高の贅沢ですね。

八千代は海外からの利用客にも喜んでいただけるよう、インターネット環境の強化とかiPad を貸出するとかで、日本国内客と半々とまでに増えて、北米、欧州、アジアからは同程度だそうです。従業員の中には、海外からの客と親しくなって、逆に、その客が居住する海外に旅行した例もあるとか。

女将が心がけていることは、京都の伝統を大切にし、新しいことも取入れ、四季折々におもてなしすることだ、と話されました。

住所:京都市左京区南禅寺福地町34
ホームページ:http://www.ryokan-yachiyo.com/

古田 富好(ふるた とみよし)

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日本の怪談

怪談について

日本人にとって「怪談」は夏のものです。夏になると、テレビ番組では、幽霊を見たという体験談や、怪談を特集します。また肝試しやお化け屋敷など、お化けや幽霊にかかわる様々な催しが行われるのも夏です。

ところで、「怪談」はなぜ夏のものなのでしょうか?「暑い日でも怪談を聞くと、ヒヤッとするから」という説が広く信じられていますが、歴史的にはもう少し複雑な背景があるかもしれません。

怪談話の起源は、鎌倉時代(1192-1333)ごろに盛んになった、仏教の布教活動にあると考えられます。それ以前の仏教は、もともと貴族や皇族など、限られた階級のためにあった宗教でしたが、平安時代(794-1192)の終わりから鎌倉時代の初めごろにかけて、広く人々の間に信仰が広がってゆきました。その際、伝道者たちは、当時の人々にとって実在するものと信じられていた怪異現象を題材に説法をし、信者を獲得していったのです。とくにお盆の時期になると、そうした説法がよく行われました。怪談が夏の風物詩となったひとつの理由は、この時期に行われた説法にあったのだと考えられます。

時代が進むにつれ、こうした説法に語られた怪談話は、人々の楽しみとして語られるようになりました。また印刷技術の進歩に伴って、仏教説話や中国から伝わる怪奇譚をもとにした物語が本としてまとめられ、出版されました。こうして怪談話は、仏教の説法としての物語から、人々に広く楽しまれる物語へと変化していったのです。

<参考文献>
石井明「怪談話の誕生」(小松和彦『日本妖怪学大全』(2003) 所収, 小学館, 321-350p)

Sho

妖怪電車

妖怪電車

昨年夏休みに、神奈川県に住む孫が遊びに来ましたので、京福電車の妖怪電車に乗りました。

嵐山駅に1時間前に行きましたが、大勢の親子づれで賑わっていました。若いカップルも多数参加していました。電車の出発まで、妖怪たちは駅のプラットホームの見えにくい所に隠れていて、出発間際に各ドアから、乗り込んできました。妖怪が乗車した瞬間、泣き声と悲鳴で騒然としていました。多数の様々な妖怪が薄暗い車内を、廻って泣いたり喚いたり子どもたちは大喜びでした。カップルも楽しんでいました。私の孫は男の子でまだ小学1年生なのですが、意外と平然としていましたね。幼稚園以下の子が騒がしかったです。

妖怪は嵯峨美術大学の学生などが趣向を凝らしているようです。一度楽しんでみたらいかがですか。予約はいりません。詳しい運行期間については、京福電鉄(☎ 075-801-5315)まで、お問い合わせください。

生田 稔(いくた みのる)

子育て幽霊

ある夜、飴屋に一人の女性が訪れます。その女性は生気のない顔をしていて、飴をくださいといって、懐から一文銭を取り出します。飴屋の主人は不思議に思いながらも、飴を売ります。女性はこのあとも毎晩飴屋を訪れます。

しかし七日目の晩になると、女性はお金をもう持っていないのだと言います。その代わり、自分の着ている美しい着物と引き換えに、飴を売ってほしいと飴屋の主人に頼みます。主人は彼女が破いた着物の袖と引き換えに飴を売るのですが、これまでずっとおかしいと感じていたので、ついに、女性のあとを追いかけ、彼女が何者なのか確かめることにしました。

女性を追いかけて辿り着いたのは墓地でした。すると、赤ん坊の泣く声が聞こえてきます。声を頼りに墓を掘りだすと、中には、生きている赤ん坊と、それを抱く先ほどの女性の亡骸がありました。そこで、主人は、女性が墓の中で生まれた赤ん坊に、飴を買い与えて子育てをしていたのだと知ります。彼女は死んだ後もわが子を思って幽霊になり、子育てをしていたのです。

Sho

耳なし芳一

昔、ある寺に盲目の琵琶法師芳一がいました。彼は特に『平家物語』の語りを得意としました。ある夜、一人でいると、武士に、高貴な人々の集まる屋敷で演奏するように頼まれました。屋敷に行くと、『平家物語』の中の壇ノ浦の戦いの場面を求められました。彼の語りに、人々は感動し、激しく泣きました。そして、再び来ることを約束して戻りました。夜に出かける芳一を不審に思った和尚が尾行すると、芳一は壇ノ浦で敗れた人々の幽霊の中で演奏していました。このままでは殺されてしまうと思った和尚は、幽霊に芳一が見えないように体中にお経を書きました。ただ、耳だけ書き忘れました。その夜、幽霊が芳一を迎えに来ると、耳だけが見えたので、幽霊は芳一の耳をもぎ取り、いなくなりました。その後、彼は耳無し芳一として、有名な琵琶の名手になりました。

加来 奈々(かく なな)


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kokoka news * * こくさいうりゅういかん ニュース

外国人のためのカウンセリング・デイ

法律、ビザ、税金、保険や年金などについて、わからないことはありませんか?心の悩みを抱えていませんか?専門家がみなさんの相談に、お応えします。通訳者もいます。事前に予約してください。

  • ◆日時:9月21日(土) 午後1時 〜 5時
  • ◆場所:kokoka 京都市国際交流会館 3階 会議室・相談室
  • ◆申込み:電話(075-752-3511)kokoka 1階受付

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京都市国際交流会館 図書・資料室 としょレター

オススメの一冊

『英語と日本語による日本のお化け百話』

英語と日本語における日本のお化け百話

Brandon Drew Hunter著
1992年
筑波書房

あなたは日本のお化け、幽霊、妖怪をどれくらい知っていますか?とっても恐ろしいお化けもいれば、人を助けてくれる妖怪もいます。この本の中では河童や人魚などに加えて、人間を騙すと言われているキツネやタヌキなども紹介されています。

日本では、暑い夏になると肝だめしをします。これはお化けがいそうなところを探検することで、怖さで背中がゾッとして涼しく感じるのです。夏にお化け屋敷が人気になるのはこのためです。見つけたら一度入ってみてください。京都の蒸し暑さなんて吹き飛んでしまいますよ!!

京都ミュージアム探訪

お化け屋敷もいいですが、空調の効いたミュージアムで快適に過ごすのはいかがでしょうか。京都市内には美術館や博物館、宝物館などさまざまな施設があります。『京都ミュージアム探訪』(京都新聞出版センター編集制作、2013)を持って出かけましょう(英語版もあります)。kokoka京都市国際交流会館も載っています!!

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今号を作ったボランティアのみなさん

誌面版編集

東 馨子 / 生田 稔 / 加来 奈奈 / 澤村 花織 / サンディー・リー / 鈴木 翔一朗 / 鈴木 秀利 / 辻野 麻衣子 / 古田 富好 / 山下 元代 / 湯澤 公朗

WEB版作成

鈴木 翔一朗

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